図書新聞書評 2686号
加藤榮一・馬場宏二・三和良一編『資本主義はどこに行くのか
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二十世紀資本主義の終焉』東京大学出版会、2004年3月
平井俊顕(上智大学)
本書は宇野理論をパラダイムとして共有する研究者によるワークショップの研究成果であり、第一部「二十世紀資本主義の歴史的位置」、第二部「二十世紀資本主義への視座」の二部構成になっている。第一部は、宇野弘蔵の発展段階論の3名の論者
(三和氏・加藤氏・馬場氏) による修正ヴァージョンの提示からなる。資本主義システム200年 (ただし、馬場論文のタイム・スパンははるかに長い)
を、いくつかの段階に分けて特徴づけるという作業である。第二部は、19世紀初頭のアメリカ経済政策思想 --- H. クレイを対象とする --- の検討 (平出)、ドイツ・ナチズムをめぐる企業史・社会史研究のサーヴェイ(田野)、日本のバブル経済およびその破綻をめぐる現状分析 (上田)、ラカンと宇野を中心に据えての「欲望」をめぐる哲学的考察 (杉浦) で構成されており、分析対象も、分析時期も、そして分析手法も非常に異なっている。
以下では、紙幅の都合上、本書の主題が扱われている第一部を中心にみていくことにしよう。本書に共通していると思われる資本主義の定義は、馬場氏が宇野の著作から取り出している「資本は自己増殖する価値の運動体」に根ざしている。システムを駆動させる根源に「資本」が存在し、それが人間の金儲け性向に機を得て増大していくシステム、これを資本主義と認識している。そして、このシステムについて、ひたすら「悪の元凶」、「利得のための効率追求」がもたらす「労働者、自然、消費者」への悪しきしわよせ、といった観点から語られている。
評者の私見によれば、資本主義を特徴づけるものは何よりもそのダイナミズムにある。資本主義は成長を本質とするシステムである。それは二重の意味で動態的だ。一方で、資本主義は、分業の進展と競争を通じて、そしてそれらが誘発する技術革新を通じて、生産の増大・成長をもたらす。他方で、資本主義がもたらす市場化は、既存の社会システム・制度
(それは伝統社会であったり、既存の産業であったりする)を浸食・破壊していく(近年の中国社会をみよ)。市場化の論理は凄まじい力で自己を貫徹させようとする性向(「解き放たれたプロメテウス」)を有している。
資本主義は成長衝動を内包するシステムであり、その爆発力が既存システムを破壊するがゆえにそこには絶えず不安定性(変動)が潜んでいる。このプロメテウスをいかに制御できるかは、各国がその市場化に成功するうえでの、じつは依然として重要な今日的課題である(「市場原理主義」にはこうした視点が欠落している)。
資本主義におけるこの成長が、労働や土地までもが商品化され、生産の効率を求めて、そして利潤獲得動機に促進されて遂行されていく、という本書の基調は評者もその通りだと思う。だが、このことが即、悪とはいえないとも思う。資本主義が、時に19世紀初頭のイギリスにみられたように、悲惨な労働状況や貧富の拡大をもたらすことがあることも事実である。だが、資本主義は同時に、諸個人の自発的な意思決定による経済行為をその特徴として有する。市場における自由な交換のうえに成り立つ経済システム、これが資本主義のもつもう1つの特徴である。経済学者が多くの時間を費やして探究してきたテーマは、市場における交換メカニズムの解明であった。そして政府干渉を受けない市場経済は、「自然的自由の体系」を招来するとか、「パレート最適」をもたらすとか、いった重要な命題がこの探求のなかで生み出されてきた。経済学にあっては、こうした、いわば資本主義のもつポジティブな側面を賞揚する根強い傾向が存在する。
だが、すべての経済学者が自由放任状態にもろ手をあげて賛成していたわけでもない。むしろ、経済学の本家たるイギリスにあっても、例えば、戦間期ケンブリッジの経済学者は、政府による適切な干渉なくしては、市場経済はうまく機能しないという認識、すなわち失業の発生や所得分配の不平等を回避しがたい、という認識を共有していた。これは「ニュー・リベラリズム」と呼ばれる思想
---「福祉国家」もその延長線上にある---- であるが、そこには明白に、国家による市場への介入により、市場経済を賢明な方向に誘導していくことが不可欠であるという発想が認められる。加藤論文が扱っているのは、「福祉国家」と「資本主義」の関係であり、とりわけ年金問題や「支援国家」などをめぐる議論から、教えられるところが少なくなかった。
本書全体を通じ、著者達が資本主義のもつ長所に言及することは、まったくといってよいほどない。さりとて、社会主義にたいする著者達の評価もけっして高くはない。社会主義は資本主義の福祉国家化への圧力として寄与した旨の発言が、しばしば見受けられる程度である。旧社会主義国のシステムをめぐり、また急速な市場経済化を達成している中国をめぐり、どのように考えておられるのかを評者は知りたいと思う。
本書の題名は「資本主義はどこに行くのか」であった。三和氏はいう、「第三変質期の資本主義」は、このまま進めば「人類の破滅へ」と進んでいく、だから「資本主義に代わる新しい経済社会体制を選ばなければならない」と。加藤氏はいう、「世界は正統性なき統治とカジノのように不確実な経済の時代 ---「支援国家」--- をなお当分の間生きていかなければならない」。馬場氏はいう、「資本主義的な経済暴走の結果、何よりも地球環境が破壊され尽くし、この地球が人の住まぬ天体になる危険が迫っている」、だから「先進諸国は経済成長を止め、生活水準を今の三分の一程度に下げねばならない」と。本書にあって、資本主義に代わるシステムはみつかっておらず、人類の将来はかぎりなく暗い。
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