『ヴェルサイユ体制 対 ケインズ』
(SUP 上智大学出版、2022年)
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この本の概要紹介
本書は第1次大戦を経て第2次大戦勃発(1939年) 直前に至るまでの欧米の政治経済情勢を縦糸とし、その情勢のなかで、『一般理論』(『雇用・利子および貨幣の一般理論』(Keynes [1936]. 本書では一貫して『一般理論』を用いる)により「ケインズ革命」を引き起こした経済学者として広く知られているジョン・メイナード・ケインズ (John Maynard Keynes 1883-1946) がその中でどのような活動を見せていったのか ― そして関連する多くの指導的人物が直接・間接に出現することになる ― を横糸として編まれている。
縦糸は、欧米大陸で展開された政治的・経済的激変を継時的、かつ構造的にとらえるものであり、重要な戦い・会議・交渉などを中心に大枠を押さえるかたちで組まれている。
これにたいし、横糸は、ケインズという稀有の人物に焦点を当てている。これらの期間を通じ、彼がどのように考え、どのような活動を展開し、そしてどのような政策構想を提案していったのかを、一次資料に基づき詳細に検討することを通じ、その特性を明らかにすることを目的としている。この領域でのケインズが、非常に政治的・軍事的・地政学的な影響の強い領域のなかで経済的・政策的・外交的問題に関与しているという点は、強調しておく必要がある。
横糸を語るさいに、もう1点忘れてはならない重要な論点がある。すでに述べたように、ケインズは「ケインズ革命」を起こした「経済学者」として知られており、横糸として述べたケインズの活動は、経済学者においてもそれほど知られているわけではない。だが、彼は、この『一般理論』も含め、彼が刊行した有名な著作 - 例えば、『貨幣改革論』(1923年) や『貨幣論』(1930年)-は、刊行年をみるだけで分かるように、完全に同時並行的に構想され、深められ、刊行されているのである。この三部作についての理論的・政策論的分析は拙著『ケインズの理論』(東京大学出版会、2003年)で詳細に展開しており、ここでは必要に応じて、それに負うことにする。
話を戻すと、本書で扱うような主題 (第1の横糸) にあっては、純粋に経済的な問題として叙述・立論していくことは許されない。つまり、経済的な問題は、大幅な制約を受けた枠組みのなかで扱われており、国際政治・地政学の影響を大いに受けた状況下で叙述・立論されることになるのは、事の性質上、当然である。また、本書で扱うような主題にあっては、通常想定される経済政策論とも大きく異なっている。通常の場合は、経済理論を適用しながら政策論を論じるわけで、対象はきわめて経済学的領域に限定されたものとなるが、上記のような状況下でのケインズの政策的立論は、やはり国際政治・地政学の影響を大いに受けたなかで提案されているのである。
こうした研究にあっては、科学的客観性に基づいて分析を進めることには、それほど大きな意味を見出すことはできない。激動する世界情勢下でいかに新たな世界システムを構築するべきかという問題は、現実との妥協も含みながら絶えず流動的に動いていくわけで、地政学的思惑や自国陣営の優位性の維持といった問題は、不即不離に付きまとうからである。
もう1点、追加しておきたいのは、「縦糸」として述べていることは、つまるところ、今に至る国際体制の元になっており、それ自体、よく知ることは現在を理解するうえでも非常に重要である、という点である。
本書の独自性、特徴はどこにあるのか、と問われれば、次の3点である、と応えたい。
(1) 第1次大戦を経て第2次大戦勃発 (1939年) 直前に至るまでの欧米の政治経済情勢の下、ケインズが政策立案者、政治経済評論家、説得活動、ジャーナリストとして展開した広範囲にわたる活動を、一次資料に基づき詳細な検討を加えたこと。
(2) ケインズの「ニュー・リベラリズム」をめぐり新たな説を提示したこと。それは「社会正義」に叶うかたちでの「経済効率」の達成を重視する社会哲学であり、大胆に言えば、『一般理論』や『戦費調達論』(1940年)にまで通底している、というものである。
(3) ケインズの「三部作」について『ケインズの理論』で展開したの立論を取り込むことで、(1) (2) と合体させることができたこと。これは、本書執筆のかなり後半になるまでは、考え及ばなかったことであった。
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以下、本書を構成する10章と補論の概要を紹介することにしたい。
第1章「第1次大戦」では、それがどのような戦争であったのかを、そこに至る大戦前ヨーロッパの状況を概観したうえで、発生と帰結および戦線の展開経緯を概観する。そして、大戦の進行下で発生した経済危機のなか、金融交渉、為替危機などをめぐりケインズが大蔵省で見せた活動を年次別にみていく。
第2章「パリ講和会議」では、最初に、戦時中に、大蔵省に属するケインズがどのような活動を行っていたのかをみる。続いて、講和会議における最高議決機関となった「カウンシル4」の状況、ならびにケインズが提案した2つの案 - これらは否決される- に触れる。
なお、パリ講和会議前後のヨーロッパの政治・軍事情勢を一瞥する。第1次大戦においてドイツと連合国間の戦いは、「とりあえず」終結したのだが、それ以外にヨーロッパ各地で、革命、独立運動、内乱、そして戦闘自体が広範囲にわたって継続的に発生している。
第3章「『平和の経済的帰結』」では、帰国後、わずかの時間で書き上げられた『平和の経済的帰結』(1919年)を取り上げる。そこでは、(1) 積極的で具体的なヨーロッパの再建策、(2) 戦前ヨーロッパ、戦後ヨーロッパをめぐる洞察から導かれているケインズの資本主義観、(3) ヴェルサイユ条約弾劾 (カルタゴの平和) を主題的に扱う。ケインズの基本的構想という視点から見れば、重要なのは (1)、(2)である。
第4章「ワイマール期、イギリス経済、ケインズの理論・政策活動」では、いわゆる「ヴェルサイユ体制」がどのような展開をみせることになったのかを、主題的に検討していく。最初に、1920年代のドイツの状況を扱う。具体的には、「ヴェルサイユ体制」下でのドイツ (ワイマール体制) における極限の混乱、ハイパー・インフレの発生、束の間の安定に触れる。それに引き続き、この間のイギリスが抱えていた経済問題 (「戦債と「再建金本位制」」と、それをめぐるケインズの活動、ならびに同時期、ケインズが取り組んでいた経済学的著作『貨幣改革論』(1923年)、ならびに『貨幣論』につながる彼の取り組みをみていく。
第5章「政治経済的混迷に立ち向かって」では、大戦の終結から1920年代中葉に、ケインズがどのような活動をしたのかをみていく。彼はイギリスの政界やドイツの政界関係者と深い連携をもちながら、賠償、対米債務、マルク危機等について、世界の世論を変えようとする明確な意図をもって、メディア活動を続けている。この点を具体的な資料の検証を通じて明らかにしていきたい。
第6章「「ニュー・リベラリズム」の展開」では、ケインズが、「ネーション・アンド・アッシニーアム」誌を買い取り、そこから自らの社会哲学の展開 ― 彼の「ニュー・リベラリズム」― に努めるとともに、それを実践・普及することに努めた、という点である。「ニュー・リベラリズム」とはどのような内容を有するものなのかを明らかにし、それと旧来の「ニュー・リベラリズム」(ホブソンやホブハウスに代表される) との異同点を調べたうえで、さらに関連する諸論点を取り上げ考察していく。
第7章「賠償 (および戦債) 問題」では、1920年代後半期にこの問題がどような展開をみせたのかを扱う。とりわけドーズ案とヤング案に大きな焦点が当てられている。
第8章「20年代の欧米日情勢」では、この期間、欧米の主要国(ソ連、イタリア、フランス、アメリカ、イギリス)それに日本がどのような政治・経済状況にあったのかの概観を描いている。
第9章「30年代の欧米日情勢」では、最初に、「破局にたぐり寄せられるヨーロッパ」として、1929年のニューヨーク株式取引所の大暴落を引き金としたアメリカの経済破綻がヨーロッパをも襲い、ついには「賠償」も戦債問題も結果的に終焉するに至った状況を扱う。こうした経済的破綻は、ドイツにあっては、ヴェルサイユ体制打倒を唱える極右政党ナチスが国民の急激な支持を集める大きな契機となった。続いて、この1930年代に欧米の主要国、および日本がどのような政治経済情勢にあったのかを示すことで、全体としての30年代の世界を概観している。
最終章の第10章「『貨幣論』、そして『一般理論』へ」では、1928年頃から1936年にかけて ― そしてこの期間もケインズは、本書で扱ってきたヴェルサイユ体制下の多くの重要問題に、様々な時論的活動を通じて大きく関与し続けている ―、経済学史上の重要な著作の執筆活動を続けていた、という点に注意を喚起すべく、『貨幣論』と『一般理論』の理論的構造と政策論を論じている。
なお補章「第2次大戦におけるケインズの活動」は、晩年6年間の活動の概略を示すことに充てられている。
以上を、分野に基づいて大胆に整理すれば、次のような感じになる。
[1] ヴェルサイユ体制、賠償と戦債問題に向かって [『説得評論』(ケインズ全集第9巻) 序でいう「説得スピリット活動」の領域]: 第1章、第2章、第3章、第4章、第5章、第7章
[2]「ニュー・リベラリズム」の提唱 [『説得評論』序でいう「中心テーゼ」の領域]: 第6章
[3] 経済学の構築 『貨幣改革論』、『貨幣論』、『一般理論』: 第4章、第10章
本書のタイトルであるが、ヴェルサイユ体制にたいするケインズの代替案の提示・批判という説得活動を展開させるなかで、自らの新たな社会哲学である「ニュー・リベラリズム」ならびに「経済的効率性」実現の仕組みとしての新たな経済学(理論と政策)を同時並行的に構築していったという点を集約的に表そうとしたものである。
驚くべきは、これらの活動が同時並行的に展開されているという点である。そして[2] でいう「社会正義」に則ったうえでの「経済的効率」を最高度に達成する「仕組み」(organization) を考察するという課題の究極的産物が『一般理論』という「仕組み」である、と考えられるのではないだろうか。
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